9月4日から、奈義町現代美術館で
開催されている
写真展「杉浦慶太展 -農村の意匠-」に
行った。
展覧会初日に行ったのは、
もしかしたら初めてかも。
今回は、現在のところ代表作ともいえる
「森」シリーズをはじめ
文字通り雲を写した「雲」シリーズ、
夜のまちを写した「惑星」シリーズの
3シリーズを展示空間にあわせて、
再編、提示したものであり、
これまで氏が発表してきた
主な作品を中心としているためか
回顧展に近い内容の様な気がした。
これまで氏の作品展には
何度かあしを運んだが、
「森」シリーズをみたのは
勝山の喫茶店「うえのだん」に
展示しているものだけだった。
これは展示空間が喫茶店内
ということもあり、調光を作品鑑賞に
あわせていないためか、
何が描かれているのか
はっきりとはわからない状況だった。
しかし、今回の展示では、
奈義町現代美術館の
町民ギャラリーの
大きい方のホワイトキューブで
薄暗いなかで
鑑賞できるようになっていた。
遠くからみていたら、
何かよく分からないが
何となく緑っぽいことがわかり、
近寄れば森であることわかり、
もっと近寄れば葉っぱの
一枚一枚がみえてきた。
近くでは細部がみえるは
当たり前といえば、
当たり前だが
近くと遠くとではみた
印象が全く違う写真は
珍しい。
一方、「雲」シリーズについては
今回はじめてみた。
こちらについては町民ギャラリーの
小さい方に展示していたが、
一瞬、何も描かれていないような
気がして、近寄ってみたが、
やはり何も描かれていないように
しかみえない。
少々とまどったが、ふとロスコの
作品を思い出した。何も考えずに
ぼーっと眺めていたら、何かが
みえてくるかもしれない。
実際、試したら、何となく、
雲の影がみえてくるが、
それを強く意識すると、
再び認識できなくなる。
まさに雲をつかむようである。
同日開催されたアーティストトークでは
杉浦氏は、禅に関する書物を読んだとき、
「みようとすれば、みえなくなる」という
主旨の文章を読み作品制作を
思い立ったとのことだったが、
それをみごとに提示できており、
これまでの写真鑑賞では
使ったことのない感覚を刺激された。
写真はそのしくみのため、
具象的なものしか扱えないと
思いがちであり、実際、この「雲」も
雲を写した「具象写真」といえばそれまでだが、
被写体を明確に感じることができず、
抽象画的であることから、
「抽象写真」ともいえるのではないだろうか。
アーティストトークでは、
「森」シリーズと「雲」シリーズを対極として、
この延長線上の作品群を製作しており、
今のところ、
この先を考えていないとのことだったが、
ファンとしてはこの「雲」シリーズのような
「抽象写真」の延長をみたい。
アーティストトークでは、
作品の解説はもちろんのこと、
今回の展示への意気込みを語っていた。特に、
「(常設展示にある)現代アートのレジェンドたちへ、
けんかをしかけたい」ということば印象に残っている。
こういう意気込みがないと
新しい作品は生まれることはないんだろうな。
岡本太郎にいわせれば、これが「謙遜」なのだろう。
展示風景やアーティストトークの様子は
9月9日木曜日にOHKのニュース番組で放送される、
とのこと。
補足(2010.09.05)
今回の企画にあわせて
横仙歌舞伎とKaznostic front/神闘歌の
それぞれによるパフォーマンスも行われた。
歌舞伎という伝統芸能と、
ラップともヒップホップというような
この時代でも何ともジャンル分けできない芸能を
ふたつ立て続けに上演された。
杉浦氏による企画とのことで、
氏はこれをやりたかったとのこと。
どちらも何を表現しようとしている点は
共通しているのだが、このふたつを
立て続けに上演することの意義は、
未だに実感できていない。
咀嚼するには、時間がかかりそう。
もともと美術展を行う展示室での
上演だったせいか、ふたつとも
聞き取りにくかった。
特にKaznostic front/神闘歌は
マイクを使っていたせいか、
なかなか聞き取れなかった。
もしかしたら、マイク等の拡声装置を
使わない方がよかったのかもしれない。
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